典太郎(仮)

 こっそりやってます。よろしくお願いします。 


 そいつの嫌なところ、何から何まで、全部引っくるめてその人なんだ。 
 それを愛するんだ。 

【お知らせ】 春ですね。

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3度目の明石

全国的に日曜日となった昨日、皆様はいかがお過ごしだったでしょうか。
そういう私は、朝からちょっと小粋に 明石 に行っておりました。

明石がどういう町なのかという点につきましては、
昨年9月に訪れた際の記事に、ほんのわずかながらではありますが
したためてございますので、そちらをご覧いただければ望外の幸せでございます。

と言って、せっかくご覧いただいている数少ない読者の方々に
該当する記事を探していただくというお手間をとらせるのも
いかがなものか、という考えも浮かび、また、私が大して忙しくない
という事情もございまして、私が探してみました。
「明石をうろうろ」というナイスなタイトルで、その1からその5までありました。
さらに「明石拾遺帖」「再び 明石拾遺帖」とファンタスティックな感じで続いておりました。

ご覧になられます場合は、「明石をうろうろ その1」(←ポチっとすると別窓が開きます。)を
ポチっとしていただければ望外の幸せでございます。
引き続きご覧になる場合は、記事欄とコメント欄の間の「next」をポチっとしていただくと、
「その2」へ、そして「その2」でまた「next」をポチっとしていただくと、「その3」へ・・・
という感じで最後の「再び 明石拾遺帖」までご覧いただけます。


今回は、昨年9月とは打って変わって天文科学館その他に行ってきました。
(「天文科学館」をポチっとするとHPに飛びます。)

日本標準子午線上にある天文科学館という事だけあって、
館内は時と天文に関する資料が目白押しでした。

大きさ比べ

太陽系の星の大きさを模型で比較しています。

いん石

いん石。

時差

世界の時刻が一目で分かる色々素晴らしい地球儀。


この日は、16階の天体観測室を一般公開していました。

天体観測室

この細い階段を上って行った先が天体観測室です。
どきどき、わくわく。

望遠鏡

にゃーん。口径400mmの反射望遠鏡です。
ドーム型屋根の一部分が開き、そこから宇宙を望みます。

望遠鏡

他の方角を見るときは、屋根全体が回って開口部分を移動させます。

晴れた昼間の空には、太陽が明るく輝いています。空は明るく、太陽以外の星は輝いていないように思いますが、太陽の明るい光に隠されているだけで、空には確かに星が輝いているのです。そんな星を望遠鏡を使うと見ることができます。
明石市立天文科学館HPより

私とはるかさんはこの時、この望遠鏡で昼間の金星を見させていただきました。
私は生まれて初めて望遠鏡をのぞきました。いい経験をさせていただきました。
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theme : お散歩カメラ
genre : 写真

明石拾遺帖

次回の更新は、柳田国男 生誕の地 兵庫県 福崎町 を訪れた際の
写真日記風ミネストローネにしたいと考えております。
ただ今、撮りすぎた写真を絶賛整理中です。

写真が片付くまでの間、
前回までの「明石をうろうろ」において、涙ながらに割愛した港の写真をご覧いただき、
これをもって、お茶を濁させていただきたく存じます。よろしくお願いします。


明石港旧灯台

この灯台は、明暦3年(1657年)、第5代明石藩主松平忠国の命によって造られたもので、
現存する灯台としては、全国で3番目に古いものです。
石垣の上に灯籠が載る造りで、この灯籠は元は木製でしたが、
昭和29年(1954年)にコンクリート製に造り換えられました。

昭和38年(1963年)に新しく作られた灯台にその役目を譲るまで、
300年以上もの間、明石海峡を行き来する船の安全を見守ってきました。


明石港の灯台

多分 こちらが、旧灯台から役目を譲り受けた新灯台です。
港をうろうろしていると、結構あちこちで灯台を見ました。いくつあるのでしょうか。


明石港の灯台

下が四角で、上が丸、真ん中が細くなっています。
一般的にイメージする灯台とは、形が違いますね。
もしかして、灯台ではないのかな。いや、灯台ですよね。


明石港の灯台

また別の灯台を発見。
近づいて下から見上げてみると、格好良かったので撮ってみました。
撮ってみると、格好良さが半減したような気がしますので、
ご覧の皆様は、2倍格好良くしてご覧下さい。


冒頭で「港の写真をご覧いただき・・・」などと言いながら、灯台だけで終わってしまいました。
うははははは。

theme : 写真日記
genre : 日記

明石をうろうろ その5 (子午線交番)

前回までのあらすじ
 とある日曜の昼下がり、いつものようにパトカーで村内の巡回に出かけた典太郎は、ふと聞き覚えのある声を耳にした。
 きーーーーーーん
 まずい。ほよよっ子だ。このままではまた体当たりされて、パトカーごとどこかへ飛ばされてしまう。とりあえず、わき道にそれて様子を窺おうとしたその瞬間、激しい衝撃とともに典太郎はパトカーごと宙を舞っていた。
 危うし典太郎。



明石は我国の標準子午線が通る町としても有名です。
街を歩いていると、あちらこちらでそれを物語るものを目にする事ができます。

まず簡単に見られるものとしましては、マンホール。

東経135度 標準子午線の町

標準子午線の町であることを主張しています。


大日本中央標準時子午線通過地

そしてこちらは、大日本中央標準時子午線通過地の標柱です。
ここを東経135度の日本標準子午線が通っています。
後ろのホームベース(説明板)によりますと、
これは明治43年に、明石郡小学校の教員が費用を負担して建てたそうです。

この標柱のお隣は交番なのですが、

子午線交番
(すみません。また写真が傾いています。もう定番。)

場所柄、天文台を意識したデザインになっています。
右端に写っているのが、大日本中央標準時子午線通過地の標柱です。

そして、入口横には

子午線交番

燦然と輝く 子午線交番 の文字が。
(注意:あまりじろじろ見てはいけません。)


ところで、なぜ明石が我国の標準子午線の町になったのでしょうか。
その経緯を、ピタゴラスの定理を用いて簡単に見ていきましょう。

明治17年(1884年)、ワシントンで万国子午線会議が開催されました。
そこで、英国の グリニッジ天文台 を通る子午線を
経度0度0分0秒(本初子午線)とし、
ここを太陽が通過する時刻を正午とする 世界標準時 が定められ、
経度が15度隔たるごとに1時間ずつの時差を設定しました。

我国ではこの決定に基づいて、明治19年(1886年)7月13日の
「本初子午線経度計算方及標準時ノ件」という勅令によって、
グリニッジ子午線を本初子午線として採用して、
東経135度を我国の標準子午線とし、標準時とすることが制定されました。
この日本標準時は、明治21年(1888年)1月1日午前0時より運用を開始し、
この時から 明石の時が日本の標準時 となりました。

これ以前の日本では、
江戸時代は、京都にあった改暦所を基準としていました。
明治4年に、基準を、東京を通る子午線に移しました。

theme : 写真日記
genre : 日記

明石をうろうろ その4 (善楽寺)

前回までのあらすじ
 混迷の観を露呈する日本政治を立て直すため、総裁選への立候補を決意した典太郎は、明石入道に推薦人なっていただくべく、善楽寺へと向かった。
 百戦錬磨のつわものどもが次々と立候補を表明する中、立てば当選確実と言われる典太郎の、善楽寺への道は決して平坦なものではなかった。
 負けるな典太郎。行け行け典太郎。



そういうわけで善楽寺に行こうと思うのですが、場所が全く分かりません。
しかし、典太郎には類稀なる推理力があります。
これを遺憾なく発揮すれば、善楽寺の場所を探し当てる事など、かっぱのへでしょう。
まず、現在地の確認です。
現在地

そして、ホームベースをもう一度熟読吟味してみます。
光源氏 ホームベース

ポクポクポクポク、チーン。直ちに典太郎の頭に答えが導き出されました。
答え
善楽寺は、光源氏が通ったという蔦の細道の先にあるんとちゃうかなあ

蔦の細道は現在地から南に伸び、そして西に折れています。
という事は、現在地より南かつ西にあたる場所に、目指す善楽寺はあるでありましょう。


やっぱり典太郎は素晴らしいなと思いつつ、再び街をうろうろしてみます。

うろうろ

うろうろ

うろうろ・・・


再び迷子になりそうだったので、あきらめようかと思ったその時、

源氏物語 明石入道の館 善楽寺
(またしても写真が大きく傾いています。すみません。)

目の前にあるのは、夢にまで見た(見てない)善楽寺 ではありませんか。
こちらは門が開かれています。早速お邪魔してみましょう。

良い子の豆知識
「邪魔」とは、元々は、仏道修行を妨げる邪(よこしま)な悪魔のことを指す仏教用語です。

このお寺は、戒光院と円珠院からなり、
大化年中(645~650年)に天竺の僧 法道仙人 によって創建された明石最古の古刹です。
元永2年(1119年)に火災にあうなど、えらい事になっていたところを、
平安時代の保元元年(1156年)、播磨守 平清盛 が寺領五百石を寄進して再興しました。
その縁で鎌倉時代に、境内に清盛五輪塔が建てられています。

円珠院には、江戸時代初頭の元和4年(1618年)、
明石城下の町割りを担当していた 宮本武蔵 が作庭した枯池枯山水庭園があります。
宮本武蔵はほかに、明石城内の山里郭と本松寺でも庭を造っています。

戒光院の方は、源氏物語ゆかりの地で、明石入道の 浜の館 があった場所です。
ここには、文学好きで知られた第5代明石藩主 松平忠国 によって建てられた
明石入道の碑、「光源氏古跡 明石の浦の浜の松」の石碑があります。

明石入道の碑
源氏物語 明石入道の碑

光源氏古跡 明石の浦の浜の松
源氏物語 明石の浦の浜の松

松の横にある石碑
源氏物語 「明石の浦の浜の松」の碑
新しいですね。


といった所を一通り見て回ったところで、典太郎が入ってきた門とは別の出入り口があったので、
ちょっとそこから外に出てみました。
するとそこには驚愕の事実が待ち構えていたのです。

なんとそこから 無量光寺が目の前に見えるではありませんか。
近づいていってよくよく見てみましたが、目の前のそれは、見紛う方なき無量光寺でした。

あろうことか、無量光寺の北東隣が善楽寺 だったのです。

驚愕の事実の図

驚愕しながらまたしてもつづく

theme : 写真日記
genre : 日記

明石をうろうろ その3 (無量光寺)

前回までのあらすじ
 諸般の事情で明石にやってきた典太郎は、潮風に吹かれながら港を精力的にうろうろしていた。
 淡路への青い国道たこ走る
   夏の名残の強き日差しに
などと一首ひねっていると、背後に人の気配を察知した。ぼんやりしているように見えても、意外とほんのりしているのである。振り向くとそこには、ご老公様からの書状を手にしたかげろうお銀が控えていた。
「無量光寺において悪人退治を敢行するので、典太郎も是非参加されたい」との事であった。
「承知つかまつりました、とお伝え下され」と言いつつお銀の方を見ると、もうそこにはお銀の姿はなかった。
 果たして典太郎の返事は、無事にご老公様のもとに届くのか。



明石の港で、漁船灯台蛸壺などを
見たり撮影したりしながら、ぼちぼちと歩いていきます。

無量光寺というのは、千年前に光源氏が月見を楽しんだ所らしいのですが、
典太郎はその場所を知りません。しかしだいたいの場所は分かっているので、
歩いていればその内行き当たるだろうと思い、
3歩進んで2歩戻ったりしながら街中をうろうろしていました。


典太郎が半ば迷子になっているところに、救世主が現れました。
典太郎が通りがかった時に、見計らったように塀の向こうからすずタンが姿を現したのです。

すずタン、無量光寺はどっちですか。
救世主 すずタン
あっちだちゅん


すずタンに教えられたとおりに歩いていくと、

光源氏 恋の道 蔦の細道

遺跡「蔦の細道の碑」
光源氏が「明石の上」の住む岡辺の家に通った道

がありました。典太郎が今歩いてきた道が、千年前に光源氏が通った道のようです。
そうだったのか。振り返ってみるとこんな感じです。↓

光源氏 恋の道 蔦の細道

今は普通の細い道ですが、かつてこの辺りはアシや竹が生い茂り、
寺の土塀の辺りは、竹に蔦が絡まりあっていたそうです。

そしてこの「蔦の細道」の横が、目指す無量光寺でした。

光源氏 月見の寺 無量光寺
(写真が傾いているように見えるのは、気のせいです。そういう事にしておいて下さい。)

すずタン、ありがとう。すぐに見つかったよ。
ここで光源氏が月を見てたんですね。さぞやきれいな月が見られた事でしょう。
後で知ったのですが、ここ無量光寺の山門の彫刻は、名工 左甚五郎の作なのだそうです。
中に入りたかったのですが、入っていいのかよく分からなかったので、
入るのは遠慮して、外から写真を撮るにとどめておきました。

光源氏 月見の寺 無量光寺


写真を撮ったところで、「蔦の細道の碑」の横にあったホームベースを見てみますと、

光源氏 ホームベース

この辺りにもう一つ、善楽寺という源氏物語の舞台があるようです。
そちらにも行ってみる事にしましょう。


つづく

当初は2~3回で終えるつもりだったのですが、今回も終わりませんでした。おかしいな。
次回は感動のフィナーレの予定です。ハンカチの用意をしてお待ち下さい。

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著者紹介

典太郎
秘密結社 光画舎 社長。
のりたろう です。
てんたろう ではありません。

著者略歴
 大阪市に生まれる。
 現在に至る。

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交響曲 symphony
管弦楽のための大規模な楽曲。通常、ソナタと同じく、急・緩・メヌエットまたはスケルツォ・急の四楽章からなる。18世紀前半に成立し、古典派のハイドンやモーツァルトらが完成、ベートーヴェンによって19世紀以降の規範が確立された。交響曲の訳語は森鷗外の考案。

交響詩 symphonic poem
標題をもつ独立した単楽章の管弦楽曲。19世紀半ばにリストが創始。

協奏曲 concerto
ピアノ・ヴァイオリン・チェロなどの独立楽器と管弦楽とが合奏する楽曲。バロック時代には複数の独奏楽器が活躍する合奏協奏曲や独立楽器のない型も存在した。独奏楽器の演奏を強調するものが多い。

ソナタ 奏鳴曲 sonata
独奏または重奏のための多楽章器楽の一形式。古典派以降のソナタは普通、第一楽章はソナタ形式による急速な曲、第二楽章は旋律的な緩やかな曲、第三楽章はメヌエット舞曲またはスケルツォ、第四楽章はロンドその他の急速な終曲から成り、ピアノ・ソナタの他、ヴァイオリンその他旋律器楽のための二重奏ソナタが主流。

メヌエット Menuett
フランス起源の舞曲の一。四分の三拍子の中庸の速度で、中間部にトリオを持つ三部形式。17世紀中頃からルイ14世の宮廷などで流行。後には独立の器楽形式としてソナタ・交響曲など多楽章楽曲のうちの一つの楽章に用いる。

スケルツォ scherzo
古典派以降の多楽章作品中の一楽章に用いられる急速な三拍子の軽快な楽曲。特にベートーヴェン以降、メヌエットに代る楽章として定着。
普通は中間部にトリオを挟む複合三部形式をとる。独立した楽曲としても作られた。

カデンツァ
①楽句、楽節、楽章、楽曲などの終わりで終止感や段落感を生み出す和声的、旋律的な構造。
②協奏曲楽章やアリアなどの終結部直前に、独奏者または独唱者が技巧を発揮できるように挿入される楽句。初めは演奏者による即興だったが、次第に作曲者自身が予め作るようになった。

ソナタ形式
器楽形式の一。ソナタ・交響曲・協奏曲などの第一楽章に用いる形式。普通、二つまたは一つの主要主題を持ち、提示部・展開部・再現部からなり、序奏や結尾部を付けることもある。

器楽
楽器のみで演奏する音楽の総称。独奏・重奏・室内楽・管弦楽などがある。(対:声楽)

ロンド rondo 回旋曲 輪舞曲
18世紀、古典派時代の基本的な器楽形式の一。主題が同じ調で繰り返される間に異なる楽想の副主題が挿入されるもの。ソナタ・交響曲・協奏曲などの最終楽章に多い。

変奏曲 variation
主題に続いてその旋律・和声・リズム・性格などをさまざまな方法で変化させた幾段かを接続して構成した楽曲。独立した楽曲の場合と、ソナタ・交響曲などの一つの楽章をなす場合とがある。

カンタータ cantata 交声曲
バロック時代にイタリアで始まり、北ヨーロッパでも発達した声楽曲。レチタティーヴォおよびアリアによる独唱・重唱・合唱などから成る。世俗カンタータと教会カンタータとがあり、後者はドイツのプロテスタント教会で発達。

カンタービレ cantabile
歌うように(なめらかに)

パルランド parlando
話すように

はるりんどう 春竜胆
リンドウ科の2年草。高山の湿地に自生。高さ10cmくらい。大きな重なり合った根出葉を有し、花茎は数本集まって立つ。5月頃、茎頂に青紫色鐘形の花を開く。

レチタティーヴォ recitativo 叙唱
朗読調の独唱歌曲。オペラ・オラトリオ・カンタータなど劇的な要素をもった声楽曲中で、アリアなどの抒情的・旋律的な部分に挟まれ、筋の説明や対話のために用いられる。

オペラ opera
歌唱を中心に器楽・舞踊を加え、歌手が扮装して演ずる舞台劇。16世紀末~17世紀初の頃、イタリアで成立。諸国に広まる。

オペレッタ operetta 喜歌劇 軽歌劇 小歌劇
娯楽的要素が強く、軽快な内容の歌劇。独唱や合唱に対話のせりふを交える。19世紀後半に成立し、後にミュージカルに発展。

オラトリオ oratorio 聖譚曲
宗教的音楽劇。通常聖書に取材し、語り手が進行役を務め、独唱・合唱・管弦楽などで演奏される。

トリオ trio
① 三重奏。三重唱。またその楽曲。
② メヌエット・スケルツォ・行進曲などの中間部。

ppp pianississimo
   ものごっつ弱く
pp  pianissimo
   ごっつ弱く
p   piano
   弱く
mp  mezzo piano
   やや弱く
mf  mezzo forte
   やや強く
f   forte
   強く
ff  fortissimo
   ごっつ強く
fff fortississimo
   ものごっつ強く

光画
(lichtbild(独)の訳語)
写真の陽画。また、写真のこと。

陽画
実物と明暗などが同じ写真。ポジ。

陰画
実物と明暗が逆になっている画像。カラー写真の陰画では、更に色彩が被写体の補色となっている。一般の写真の場合、これを印画紙やフィルムに焼き付けて陽画を得る。ネガ。

アプレゲール
(戦後の意)①第一次大戦後、フランスを中心として興った文学上、芸術上の新しい傾向。
②転じて、第二次大戦後の若者の放恣で退廃的な傾向。また、その傾向の人。戦後派。⇔アバンゲール

オブジェ
(物体・対象の意)シュールレアリスムが無意識に対応するものとして作品化した物体、あるいはその作品。ダダイスムが、がらくたを寄せ集めて作品とした動きの継承。日本の生花でも行われる。

男節・雄節(おぶし)
カツオの背肉で製した鰹節。せぶし。

シュールレアリスム
1920年代、ダダイスムに続いてフランスに興った芸術運動。ヘーゲルの哲学、フロイトの深層心理学、アポリネールの詩法、キリコの画風などの影響のもとに、意識下の世界や不合理、非現実の世界を探求し、既成の美学・道徳とは無関係に内的生活の衝動を表現することを目的とする。超現実主義。

ダダイスム
(dadaはあえて無意味な語を選んだもの)第一次大戦中から戦後にかけてチューリヒからベルリン・ケルン・パリと波及した芸術運動。既成の権威・道徳・習俗・芸術形式の一切を否定し、自発性と偶然性を尊重。意味のない音声詩・コラージュ・オブジェ・フォトモンタージュ・パフォーマンスなどを生み、何でも芸術になりうることを証明。

憂愁
憂鬱と哀愁。心配や悲しみで心が沈むこと。

幽愁
深い物思い。深い憂い。

幽囚
捕らえられて牢獄に閉じ込められること。また、その人。

有衆
国民。人民。

有終
終りを全うすること。

有終の美
最後までやり通し立派な成績をあげること。

優秀
すぐれひいでていること。

アウフ・ヘェーベン
(廃棄・高めること・保存することの意)揚棄。止揚。

揚棄
ヘーゲルの用語。弁証法的発展では、事象は低い段階の否定を通じて高い段階へ進むが、高い段階のうちに低い段階の実質が保存されること。矛盾する諸契機の統合的発展。

リリカル lyrical
抒情的。

リリシズム lyricism
抒情性。抒情詩的なおもむき。抒情詩風。

抒情・叙情
自分の感想を述べ表すこと。

抒情詩
本来は叙事詩・劇詩とともに、詩の三大部門の一。作者自身の感想や情緒を表現する形式をとった韻文の作品。近代では詩の主流をなし、詩とほぼ同義。

幽し(かそけし)
かすかなさまである。

実相観入
斎藤茂吉の歌論。子規以来の写生論に一歩を進めたもので、皮相の写生に止まらず、実相に徹するをもって短歌写生道の要諦とするもの。

実相
①実際の有様。真実のすがた。
②[仏]現象界の真実のすがた。真如・法性などとほぼ同義。

観入
心眼を以って対象を正しく把握すること。(斎藤茂吉の造語。「実相に観入して自然・自己一元の生を写す」)

皮相
①うわべ。表面。
②真相をきわめず、表面のみを見て下す浅薄な判断。

真相
真実のすがた。事件などの本当の事情。

真如
[仏]一切存在の真実のすがた。この世界の普遍的な心理。

法性(ほっしょう)
[仏]一切存在の真実の本性。

アクチュアリティ actuality
現実。現実性。時局性。

悪茶利(あくちゃり)
悪ふざけ。

帰命頂礼(きみょうちょうらい)
①帰命して自分の頭を仏の足につけて礼拝する最敬礼。
②仏を礼拝する時に唱える語。

帰命
[仏]身命をささげて仏陀または三宝に帰依すること。または、仏陀の教命に帰順すること。

帰順
反逆の心を改めて、服従すること。

三宝
①[仏]ア 衆生が帰依すべき三つの宝。仏・法(仏の説いた教え)・僧の称。
イ 仏の異称。
②[孟子]土地と人民と政事。
③道家で、耳と目と口。
④ある語に添えて思いのままにする意を表す語。

帰依
神・仏などすぐれた者に服従し、すがること。

衆生
[仏]いのちあるもの。生きとし生けるもの。一切の生物。一切の人類や動物。六道を輪廻する存在。有情。

不撓不屈(ふとうふくつ)
困難にあたってもひるまず、くじけないこと。

不撓
たわまないこと。心がかたく、困難に屈しないこと。
(撓:トウ・ドウ・いためる・しおる・しなう・しなる・しわる・たお・たおむ・たおり・ためる・たり・たわ・たわむ・たわめる・たわわ・とお・とおお・とおむ)

おのがじし(己がじし)
めいめい。それぞれ。各自。

己が色色
それぞれ異なったさま。おもいおもい。続古今・釈教「雲しきてふる春雨はわかねども秋の垣根は己が色色」

己が様々
己が色色に同じ。

己が品品
己が色色に同じ。

己が散り散り
めいめいばらばら。

己が向き向き
めいめいの心の向いた方。おもいおもい。

戦く(おののく)
おそれふるえる。

僭越
自分の身分・地位をこえて出過ぎたことをすること。そういう態度。でしゃばり。▽謙遜の気持ちでも使う。

謙遜
控え目な態度で振舞うこと。へりくだること。

掏摸(すり)
往来・乗物などで、他人の金品などを掠め取ること。また、その盗人。ちぼ。巾着切り。

オポチュニズム (opportunism)
日和見主義。便宜主義。御都合主義。

アナクロニズム (anachronism)
時代錯誤。時代に逆行していること。

臨場
その場にのぞむこと。臨席。

臨場感
現場にのぞんでいるような感じ。

臨む
①目の前にする。面する。
②場合、機会などに向かいあう。際会する。
③その場に行く。
④治者として被治者に対する。
⑤身分の高い人が、みずからその場に行く。

追憶
過ぎ去ったことを思い出すこと。追懐。

追懐
昔のことや人などをあとから思い出してしのぶこと。追憶。追想。

追想
過去の事や去った人のことを思い出してしのぶこと。

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