明石拾遺帖
次回の更新は、柳田国男 生誕の地 兵庫県 福崎町 を訪れた際の
写真日記風ミネストローネにしたいと考えております。
ただ今、撮りすぎた写真を絶賛整理中です。
写真が片付くまでの間、
前回までの「明石をうろうろ」において、涙ながらに割愛した港の写真をご覧いただき、
これをもって、お茶を濁させていただきたく存じます。よろしくお願いします。

この灯台は、明暦3年(1657年)、第5代明石藩主松平忠国の命によって造られたもので、
現存する灯台としては、全国で3番目に古いものです。
石垣の上に灯籠が載る造りで、この灯籠は元は木製でしたが、
昭和29年(1954年)にコンクリート製に造り換えられました。
昭和38年(1963年)に新しく作られた灯台にその役目を譲るまで、
300年以上もの間、明石海峡を行き来する船の安全を見守ってきました。

多分 こちらが、旧灯台から役目を譲り受けた新灯台です。
港をうろうろしていると、結構あちこちで灯台を見ました。いくつあるのでしょうか。

下が四角で、上が丸、真ん中が細くなっています。
一般的にイメージする灯台とは、形が違いますね。
もしかして、灯台ではないのかな。いや、灯台ですよね。

また別の灯台を発見。
近づいて下から見上げてみると、格好良かったので撮ってみました。
撮ってみると、格好良さが半減したような気がしますので、
ご覧の皆様は、2倍格好良くしてご覧下さい。
冒頭で「港の写真をご覧いただき・・・」などと言いながら、灯台だけで終わってしまいました。
うははははは。
写真日記風ミネストローネにしたいと考えております。
ただ今、撮りすぎた写真を絶賛整理中です。
写真が片付くまでの間、
前回までの「明石をうろうろ」において、涙ながらに割愛した港の写真をご覧いただき、
これをもって、お茶を濁させていただきたく存じます。よろしくお願いします。

この灯台は、明暦3年(1657年)、第5代明石藩主松平忠国の命によって造られたもので、
現存する灯台としては、全国で3番目に古いものです。
石垣の上に灯籠が載る造りで、この灯籠は元は木製でしたが、
昭和29年(1954年)にコンクリート製に造り換えられました。
昭和38年(1963年)に新しく作られた灯台にその役目を譲るまで、
300年以上もの間、明石海峡を行き来する船の安全を見守ってきました。

多分 こちらが、旧灯台から役目を譲り受けた新灯台です。
港をうろうろしていると、結構あちこちで灯台を見ました。いくつあるのでしょうか。

下が四角で、上が丸、真ん中が細くなっています。
一般的にイメージする灯台とは、形が違いますね。
もしかして、灯台ではないのかな。いや、灯台ですよね。

また別の灯台を発見。
近づいて下から見上げてみると、格好良かったので撮ってみました。
撮ってみると、格好良さが半減したような気がしますので、
ご覧の皆様は、2倍格好良くしてご覧下さい。
冒頭で「港の写真をご覧いただき・・・」などと言いながら、灯台だけで終わってしまいました。
うははははは。


